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さがみ散歩〜津久井編〜TSUKUI

四歩目〜郷土資料館〜

神奈川県相模原市緑区中野のメディカルセンターに隣接している郷土資料館。小さいころ、私は資料館裏の畑で土器を発掘した。当時は大発見だと思っていたが、どうやら郷土資料館で作った土器のレプリカの残骸だったようだ。そんな郷土資料館には小学校の社会見学と選挙の時にしか訪れたことがなかった。久しぶりに来て驚いた。私は郷土史が好きで、地方の郷土資料館などによく足を運ぶのだが、その辺の資料館とは違っていた。蔵書している本のレベルが高かった。例えば、少年倶楽部、婦人倶楽部、明治時代に発行された雑誌、明治、大正、昭和の教科書などがあり、手に取ることもできる。また、相模原市をはじめとする近隣市町村の郷土資料もある。本の多くは鈴木氏が寄贈されたもので、この方なしでは豊富な蔵書はなかっただろう。

しかし、残念なことに、本の管理がよいと言えない状態にある。管理人さんが一人しかおらず、市の貴重な財産である本が盗まれたケースもあるようだ。普通の本屋でもICタグをつけ、万引きを防止しているのに、市の予算が下りないため、このような状態になっている。また、空調も予算がないため、本がある部屋にはクーラーがなく、今の時期は寒さを感じる。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ここで言う経験は自分の経験つまり体験を指す。歴史ほど他人の経験が記されたものはない。歴史を学ぶことで、様々な人と対話することが出来、自分のことや自分の住んでいる地域を理解することも出来る。そして、自分はこうであるというアイデンティティーの根源にもなりえる。昔の人がやったことだから、今の我々にもできると励まされることもある。

この郷土資料館の中には、多くの人と対話できる場所、自分のアイデンティティーになるもの、自分を励ましてくれるもの、つまり歴史が存在している。今、この歴史は市の予算がないために危機に瀕している。だが、郷土資料館に投じる予算はないというが疑問である。相模原市内では旧石器はてな館などを建てる予算はあるのに、保存する予算がないというのは本末転倒である。法隆寺や白川郷が世界文化遺産に認定された理由は作ったことではなく、保存されていたからだ。歴史は保存されなければ、後世に伝わらず、もはや歴史ではなくなってしまう。

そんなことを思いながら、貴重な資料を拝見させていただいた。馬鹿な私だが、少なくとも歴史は守っていきたいと思う。そのために、たびたびお邪魔させていただく。ちなみに、馬鹿にも歴史がある、秦の末期宦官の趙高が鹿を皇帝の前に差出し、「これは馬でございます。」といった。当然、皇帝はこれは鹿ではないかと言った。一部の臣下も鹿だといった。しかし、鹿と言った臣下は後に趙高によって処刑されてしまった。今の政治はこれほどひどくはないが、共通している部分がある。

七歩目〜三井〜

三井。「みつい」と読みたくなる人が多いと思うのだが、「みい」と読む。滋賀県にある三井寺と同じ読み方をする。この名前は字の通り三つの井戸があったことによる。かつて、三井は甲州街道の裏街道のようなもので、八王子から久保沢、三井、千木良といったように相模川に沿った街道があり、その休憩場所になっていた。

三井の山には峰の薬師があり、山の峰の部分に位置している。山の峰にあるので、小さいと思われるが、意外に境内は広く、お寺の鐘もある。その先を上ると発電用の城山湖がある。春には三井大橋の坂の両脇に桜が咲き、桜のトンネルができる。また、秋にも枯葉が舞い、色とりどりの葉を見ることができる。そのため、三井を経由することがある。

小学校、中学校時代、中野から橋本まで学習塾にバスで通っていた。帰る時間帯には三井経由のバスが来ていたので、そのバスによく乗っていた。三井経由だと時間がかかったが、運賃が変わらず、景色が良かった。山を背にしている津久井湖の山の背を縫うように道があり、その道をバスが走った。そこから城山と津久井湖と明るい街並みを眺めることができた。満月のときには、城山の上に月、下には輝く街と湖があって、とても幻想的だった。これを目当てに三井経由のバスを乗っていた。日本人は星よりも月を愛でる民族であるが、これは山が多いことに関係しているかもしれない。山と月のコントラストはえも言われずよい。三井経由のバスから見た月はまさにその通りだった。

しかし、今はこの景色を見ることはできない。三井経由のバスが廃止されてしまったからだ。理由は採算性の問題だといわれているが、上中沢行きのバスを延長させればよいのではないかと思ったりする。ここ最近日本各地の路線バスは危機に瀕している。マイカーを持つ人が多くなり、買い物も駅前より国道沿いの大規模なショッピングセンターで済ませ、駅前の商店街がさびれ、駅行きのバスの乗客が減り、少子化の影響で、通学でバスを利用する人も減っている。そのため、便数が減り、さらに利用する人が少なくなるという悪循環が生まれている。そこで、国や地元の自治体が補助金やコミュニティーバスをだし、公共交通機関としての路線バスを維持している。

残念ながら、三井経由はその選にもれた。昔は甲州街道の裏街道として役割を果たした町だったが、今は陸の孤島といってもいいほどになってしまった。中野行きのバスがあるが、中野では大きな買い物ができにくい。橋本に出れば、ほとんどのものがそろう。三井に通ると、三井経由の復活をというのぼりがみられる。それだけ、バスを必要としている人がいるということを如実に表している。三井を通るたびに、あの風景を思い出し、バスが復活してほしいと思ってしまう。

 

 



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